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「さようなら」 そうならなければならないなら・・・

先日、『別れ 会えなくなるということ』 という文を書きましたが、それはこの本をちょうど読んでいたときだったので、より鮮明に感じたのかもしれません。

日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか (ちくま新書) 』 竹内整一
日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか (ちくま新書)

この本は「さようなら」「サヨナラ」という日本語の別れの挨拶が他の言語の別れの挨拶とどのように違うかや、これまでの日本文学の中での使われ方など、いろいろな文章の引用を交えて考え、そこから日本人の別離に対する処し方、感性を見いだそうとしています。

内容は広範囲でしかも微細なところもあるのですが、
私が一番共感したのは、アン・リンドバーグが日本に立ち寄ったときに、横浜の港で見た日本人の別れの挨拶「さよなら」について書いた文章でした。

 
 「サヨナラ」を文字通りに訳すと、「そうならなければならないなら」という意味だという。
 これまでに耳にした別れの言葉のうちで、このようにうつくしい言葉をわたしは知らない。
 Auf Wiedersehen や Au revoir や Till we meet again のように、
 別れの痛みを再会の希望によって紛らそうという試みを「サヨナラ」はしない。
 目をしばたたいて涙を健気に抑えて告げる Farewell のように、
 別離の苦い味わいを避けてもいない。

( 『翼よ、北に』 )

 また、以下のようにも言っています。

 
 Farewell は・・・「励ましであり、戒めであり、希望、または信頼の表現」であるが、
 しかしそれは、「その瞬間自体の持つ意味を見落としている。
 別れそのものについては何も語っていない。
 その瞬間の感情は隠され、ごくわずかのことしか表現されていない。」
 
 「一方、 Good-by と Adios は多くを語りすぎている。
 ・・・神さまの御手が必ずあなたとともにあるでしょう。」と饒舌でありすぎる。
 

しかし、日本人の「サヨナラ」は、これら Farewell や Good-by とは違い、

 
 けれども「サヨナラ」は言いすぎもしなければ、言い足りなくもない。
 それは事実をあるがままに受け入れている。
 人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている。
 ひそかにくすぶっているものを含めて、すべての感情がそのうちに埋み火のように
 こもっているが、それ自体は何も語らない。
 言葉にしない Good-by であり、心をこめて手を握る暖かさなのだ-「サヨナラ」は。
 

そして、このアン・リンドバーグの言葉について、イタリア文学者の須賀敦子が「彼女の、人間や言葉に対する非常に細やかなセンスを高く評価」した文章も紹介してあります。

 
・・・さようなら、についての、異国の言葉にたいする著者の深い思いを表現する文章は、私をそれまで閉じこめていた「日本語だけ」の世界から解き放ってくれたといえる。
 語源とか解釈とか、そんな難しい用語をひとつも使わないで、アン・リンドバーグは、私を、自国の言葉を外から見るというはじめての経験に誘い込んでくれたのだった。
 やがて英語を、つづいてフランス語やイタリア語を勉強することになったとき、私は何度、アンが書いていた「さようなら」について考えたことか。
 しかも、ともすると日本から逃げ去ろうとする私に、アンは、あなたの国には「さようなら」がある、と思ってもみなかった勇気のようなものを与えてくれた。

( 『遠い朝の本たち』 )

この須賀敦子の言葉は、今読んでいる水村美苗の
日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

につながる主題があるように感じます。

まとまった時間があると、読書が進みます。

< 紹介されている本 >

翼よ、北に 』 アン・モロー リンドバーグ
翼よ、北に 

遠い朝の本たち (ちくま文庫) 』 須賀敦子
遠い朝の本たち (ちくま文庫)

< 2009.5.12 追記 >
下記のサイトでこの記事を紹介していただきました。ありがとうございました。
「お祈り」とか「さようなら」とか、別れ際のコトバに纏わるブログを読み、ホールデン・コールフィールドを思い出した。 -ありおり。 (日記)-

実は、こちらのサイトは 二酸化炭素排出権とか atomica とか -ありおり。 (日記)- でも、
原子力百科事典 ATOMICA は再開していました! をご紹介していただいたことを思い出しました。 ありがとうございました。

 

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